研究会の主旨等

我が国の観測史上最大の超巨大地震「東北地方太平洋沖地震(モーメントマグニチュードMw 9.0)」は、東北地方を中心に、北海道から関東、甲信越地方までの広域に甚大な被害(東日本大震災)を及ぼし、その影響は現在も続いています。「東日本大震災」の影響は、津波や地震動による直後の地盤や構造物の被害と延焼火災、さらにこれらを原因とする死傷者の問題から、津波による土壌の塩害や水産業への打撃、構造物や施設の被害とサプライチェーンの途絶による企業活動の停滞や海外資本をはじめとする投資家の動向を原因とする経済的な影響、原子力発電所の事故を原因とした長期的避難生活や風評被害、そしてエネルギー問題まで、これまでの震災では経験していない問題を含め、実に多様かつ甚大で、しかも広域です。

この未曾有の大災害を前にして、日本の社会構造が根底から揺さぶられた感じがします。震災からの復旧・復興、地域の再生に向けて、様々な技術・政策・仕組みが導入されていますが、今まで想定していたスケールをはるかに超えた大災害の前に、それらの多くは効率的に機能しているとはいいがたい状況です。

一方で、東北地方太平洋沖地震の発生前から、我が国は地震学的に、大きな地震が頻発する時期を迎え、今後30年から50年の間に、マグニチュード(M)8クラスの地震が4〜5回、M7クラスの地震はその10倍の頻度、すなわち同期間に40〜50回発生すると考えられています。代表的な地震は、南海トラフ沿いの巨大地震や首都直下地震です。これら一連の地震による被害総額は、政府中央防災会議の試算では、最悪の場合、35万人の死者行方不明者、300万棟の建物の全壊・全焼・流出、300兆円を超える経済被害という規模になります。 

このような状況を踏まえ、東京大学生産技術研究所の目黒研究室(都市基盤安全工学国際研究センターの災害安全社会実現学部門)は、(一財)生産技術研究奨励会の特別研究会として、RC-77「防災ビジネス市場の体系化に関する研究会」を設立しました。大学と産業界の知恵と資源を有効活用し、わが国を襲う様々な災害から市民の生命と財産を守り、発生する障害の最小化に貢献するために防災ビジネス市場を体系化し、俯瞰的な視点から必要な技術や知恵を社会に提供する新しい仕組みを構築していきたいと考えたからです。なお、RC-77特別研究会は、2008~2010年度に実施したRC-63特別研究会「防災ビジネスの創造と育成のための研究会」でも問題と考えていた「行政主導の防災の限界」、「民間活力を利用した防災力の向上」と「防災ビジネスや防災対策を国民運動につなげる仕組みづくり」の重要性を踏まえて企画したものです。

RC-63特別研究会では、大学研究者と防災ビジネスに興味を持つ企業の方々とが相互に防災技術に関する情報を交換し合うとともに、新しい防災ビジネスを展開する上での技術的・制度的課題の抽出と分析、その結果に基づいた解決策の検討・提案と解決策を産学協働の新しい防災ビジネスモデルにつなげ、育成するための戦略についても検討しました。またこれらの検討を行う上では、既存の防災対策を対象とした小さな防災ビジネスの市場を関係者で奪い合うスタイルではなく、潜在的な防災ビジネス市場の種子を見い出したり創造したりするとともに、これを育成して市場を拡大するスタイルを志向しました。そうすることで、防災に貢献するビジネスが経済的に恵まれる職種になるとともに、これに従事することが社会的な尊敬の対象になり、若者たちの憧れの仕事として位置づけられ、優秀な人材も集まってくる。結果的に行政からの強力な支援を期待しなくても、また市民や民間企業の良心に強く訴えなくても、防災対策が自発的に展開されるとともに技術開発も推進する社会が実現できると考えていました。このRC-63特別研究会の活動を終了する直前の2011年3月11日に「東北地方太平洋沖地震」が発生したのです。

この地震の発生以来、私自身も防災研究者の1人として、被災地への継続的な支援を可能とする様々な仕組みや政策の提案、研究活動と具体的な支援活動を展開してきましたが、これらの活動の中で再確認したことは、持論の「災害イマジネーション」と「防災ビジネス」の重要性でした。また、RC-63特別研究会のメンバーを中心に、「防災ビジネス」に関わる新たな研究会の設立に関する強い要望が寄せられました。そこで設立したのがRC-77特別研究会です。RC-77特別研究会では、東日本大震災の被害を踏まえて、防災ビジネス市場全体として、どのような技術やサービスを具体的に提案できるのかを考え、①東日本大震災からの復旧・復興に向けた「防災ビジネス」からの具体的な提案、②今後予想される首都直下地震や南海トラフ沿いの巨大地震による災害軽減に貢献する「防災ビジネス」の提案を研究対象として検討を行いました。

初年度の2012年には、東日本大震災の復旧・復興において大きな課題となっている被災地の土地問題を中心に、「人・もの・金」の視点から議論しました。そして2年目の2013年度は、初年度の成果を踏まえ、「インフラ」「住まい」「医療福祉」「ライフライン」のワーキンググループ(WG)に別れ、それぞれの再整備における課題の整理と解決策について検討しました。また研究会では、東日本大震災の対応の最前線で活動されている自治体の方々からもお話を伺いました。

なおRC-77研究会は、会員の皆様との協議の結果、当初の予定していた2014年3月末までの活動期間の2年間の延長を決定しました。そして、上で述べたこれまでの2つの目的①と②に、③東京オリンピック(2020年)の安全な開催のための防災や危機管理上の課題を抽出し、この解決に貢献する「防災・危機管理ビジネス」の提案を行うという3つ目の目的を加え、検討を行うことになりました。今後とも、会員諸氏ならびに関係各位のご理解とご協力をお願い致します。

  平成26年3月
  RC-77特別研究会「防災ビジネス市場の体系化に関する研究会」
  委員長 目黒 公郎